#050雪景色とモーツァルトの38分・・・・ソクーロフの「時」の重み

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 アレクサンドル・ソクーロフの「精神(こころ)の声」は、5部構成で、第1話38分・第2話34分・第3話87分・第4話78分・第5話91分。合計328分の超長編です。

 夏の一日、ユーロスペースの狭い空間に身を静めて、5時間以上もスクリーンを凝視していた自分が、いまでは信じられません。

 それよりなりより、自分と30センチほどの距離に(つまり、目の前に)、今世紀最後の巨匠といわれる映画監督ソクーロフが居たということが、夢のなかの出来事のようです。 ああ、ロシア語がしゃべれたら! なにかひとこと、会話もできたのに!

 で、「精神の声」のことですが、やはりが第1話が圧巻でした。

 遠くに疎林が見える真っ白な雪景色。風もなく、時間の推移とともに、かすかに光の具合が変化するだけ。微動だにしないその情景が、えんえん38分も続くのです。

 音楽は、モーツァルトのピアノ協奏曲のアダージョやメシアン。そこに、ソクーロフの声らしいナレーション・・・「モーツァルトの顔は、かさぶただらけだった」とか、映像とは関係のないことが、ぼつぼつと語られていきます。

 フツーの映画だと、一瞬のうちに暗い風景に太陽が昇り、5時間が過ぎて、はい翌日。こうした時間の省略という手法で、わずか2時間の映画が、一日のドラマを物語ったりします。

 そこでは、時に重みがない。たとえば一般的に映画では、長い時間が過ぎるということを、吸殻でいっぱいになった灰皿とか、食べ散らかしたお皿の山とか、時計の針がくるくると動くといったショットで描写してしまうのです。

 商業主義的な映画では、上映時間という制約があるために、こういうことが罷り通ってしまいますが、5時間という時の重みを、その通りに体験させようとするなら・・・・・?

 日常生活でも、たとえば海を見にいって、1時間ぼけーっとしている・・・といった行為があります。ロマンチストの君なら、身に覚えがあるでしょ?

 ソクーロフの「精神の声」の第1話は、それに似たものといえるわけで、「チクショー、ヤラレタッ!」という気はしましたね。

 ソクーロフが、こういうことをした裏には、この戦場ドキュメンタリー映画の取材での非情な体験があり、鎮魂のために、こういう第一部をまとめずには、本番の戦場の映像の編集にとりかかれなかったらしいのです。

 そこがまた、映像の詩人ソクーロフの精神のリリシズムかなあと、ぼくは、べた褒めしてしまうのですが。

 「精神の声」、ビデオになったら買いたいんけど、いまのところ、その気配はありません。

※秘書註:ソクーロフ断章「精神の声」1はこちら

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