#156梅原猛・一番け瀬康子・井上光晴・寺山修司 そして虚構地獄としての映画

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 このまえ、わが「しずぎんホール」に、梅原猛さんが講演にみえました。もう一人は、オウム事件に関する発言で注目を集めた宗教学者(?)の山折哲雄さん。

 どちらも、聞くに値する(失礼な表現?)ものでしたが、梅原さんの発言のなかで面白かったのは、最近のヒット作 「もののけ姫」 は、宮崎さんが、梅原さんのアイデアを無断で寸借して、あのように映画化した・・・・ということ。

 そのことで梅原さんは、宮崎さんにクレームをつけ、宮崎さんは詫びたそうですが。

 それと、もうひとつは、元日本女子大学教授、現名誉教授の一番け瀬康子さん。

 この方は、福祉の世界では女帝(失礼な表現?)的存在で、ぼくもたいへん心服している方なのですが、ぼくたちのボランティア・グループ「静岡福祉文化を考える会」の第4回研修会にお招きして、90分の公開インタビューをしました。

 して、そのインタビュアーは、このぼく。もうキンチョーして、香取線香どこの話じゃなかった。ドッと疲れました。なにせ、事前打ち合わせなしだったし、すごい人を相手でしたから。

 で、その一番け瀬さん。なんと映画がとてもお好きで、 「もののけ姫」 も、ご覧になっておられましたが、 「フォレスト・ガンプ」 も。 彼女は、あの岩波ホールの高野悦子さんと、同窓かなんからしいのです。

 そして若いころには、小説を書きたいと思ったこともあるそうで、すかさずぼくは質問、「お好きな作家は?」。

 答えは、「井上光晴、遠藤周作」。井上光晴は、ぼくも、昔好きでした。

 井上光晴といえば、原一男の 「全身小説家」 が、彼のドキュメンタリなんですよねえ。

 なんでも、井上光晴は、嘘で固めたような自伝の持ち主とか。

 そうだ。嘘で固めたといえば、このほど発刊されたものに、「虚構地獄 寺山修司/長尾三郎・講談社」という本もあります。

 じつは寺山修司も、ぼく好きで。

 なんの因果か、虚構を生きる人が、ぼくをとらえてやまないのですね。

 しかし、考えてみると、映画が好きということは、虚構の人生を生きるようなところがある。少なくとも映画好き生物の意識下には、虚構への「やみがたい憧憬」があるのではないか。

 映画俳優だって、きっとそうじゃないの? たえず、「もうひとつの自分になる」ことで、自分の人生を充実させていくような職業。

 バーチャル・リアリティって、なにも電子的な世界にだけあるわけじゃない。個室で本を読んだり、ビデオを見たりするのだって、バーチャルそのものじゃん。

 最近では、なにかというと青少年犯罪のバーチャル性、つまり仮想と現実の区別のつかなさみたいなのが問題になるけれど、昔から映画だって、ぼくらにとっては、ときとして現実より、はるかにリアルであったりするわけで。だからこそ、異様な感動もあるわけで。

 ここで、脈略もなく思い出してしまったのが、元浜松医大の大原健士郎さんの言葉、「一度も自殺を考えたことのない人は、教養のない人です」

 たしかに、赤ちゃんは自殺しない。犬も自殺しない。豚も自殺しない。そして君だって? ウシシシシシ。キョーヨーねーんだ。

 なくて、よかったね? お互いに?

 でも、ぼくたち、もし虚構の世界を失ったら、自殺したくなるかもしれないね。

 ところで、教養のある人って、虚構の世界を生きることがあるのかしらん?

 そこで、とりとめもなく今日の虚言。

「映画は、現実よりも真実にあふれた虚構地獄だ。」

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