title「勝手に映画ネチズン」
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石原郁子の場内乱入9 この世とあの世との境目の幽明に漂う「ドルチェ 優しく」
映画史上で唯一無二のソクーロフ作品
2001/4/5
『DOLCEドルチェ 優しく』
監督 アレクサンドル・ソクーロフ
1999年/日・露合作
出演/島尾ミホ、島尾マヤ
4月14日から5月11日までBOX東中野にて公開
問い合わせ先/ボックス・オフィス(03-5389-5571)

ソクーロフについては、日本でまだそれほど多くの人がご存知とは思えないが、このHPをご覧のかたには既に、木村幸男氏の熱烈なる応援歌によって、その名が浸透しているはず。
なので、私もソクーロフについて称えようとすれば多分とまらなくなるのだけれど、彼のこれまでの傑作の数々についてはここでは省略して、最新作『ドルチェ』についてだけ述べます。

これは異様(ことやう、とお読みくださいね)なる傑作だ。
ただならぬ美しさ、怖いほど冴え冴えと研ぎ澄まされて、しかも優しく、甘く、夢幻能を観るようでもある。
画面に映し出される島尾ミホさんも、マヤさんも、今この世にいるはずの人ではあるのだけれど、人のつくった世間の組み立てだの常識だのからは遠い。巫女のように自在に、彼岸と此岸とをふわふわ行き来している。

奄美の加計呂麻島で小学校教師をしていた25歳の時、特攻基地の隊長として赴任してきた島尾敏雄と出会い、敗戦後に結婚。
だが敏雄の女性問題で一時、心に異常をきたし、それは敏雄の代表作「死の棘」に描かれる。自らも小説を書き始め、74年、「海辺の生と死」で田村俊子賞受賞。当時の文学青年・少女にとっては、敏雄・ミホ夫妻の名は、何か特別なもの、悲しく深く熱く純粋なこの世ならぬ大切なものだった(恥ずかしながら私もその一人)。

「言葉を口にしないことを選んだけれど、その聡明さでなんでもわかっている」と植谷雄高に評された(今、原本が手元にないので不正確ですが、そんな主旨だったと思います)お嬢さんのマヤさんは、図書館勤務を経て現在、奄美大島にミホさんとお住まい。
この作品は、そのお住まいで、亡き父母への思いを吐露しマヤさんと語り合う、ミホさんを撮影した記録映画、とひとまずは言える。

だがほんとうはまったく違う。語られている内容は確かに、ミホさん自身から出たものかもしれない。
しかし、ふだん帽子とめがねで完全に顔を隠しているミホさんは、この映画では異例なことに、そのふくよかな美貌をあらわにし、黒のドレスも、白のキモノも、なによりその語り口も(記録映画ならあるはずの口ごもり、よどみがまったくない)、しぐさも、彼女が「女優」として「島尾ミホ」を演じていることを示す。

もっと突っ込んで言えば、彼女は先述のように「巫女」であり(民俗学的には「女優」も「巫女」の一種だ)、「島尾ミホ」であることも愛してくれた父母を愛惜する娘であることも、いつしかすべてを超えて、この世とあの世との境目の幽明に漂う。
悲しげに、そして楽しげに。
亡き人々を依りつかせ、言霊によって再現し、その人々と遊ぶ。

画面には彼女一人しかいないのに、家も無駄な家具のほとんどないがらんとした空間なのに、そこに優しい濃淡になってさまざまの、この世ならぬものたちの気配がそよぐ。窓から見える月、潮が満ちる海岸も、そのひとときにふさわしい。

ドラマとかドキュメンタリーとか、告白とか一人芝居とか、どれでもあるようでどれでもない。おそらく映画史上で唯一無二の映画。ソクーロフとミホさん、この二人の出会いによってしか、この限りなく繊細で哀切であたたかい、美しい映画はつくられようがなかったろう。
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