2時間12分、身じろぎもせずに、スクリーンを凝視してしまった。
ミヒャエル・ハネケの「ピアニスト」は、ブリュノ・デュモン「ユマニテ」以来の衝撃である。
こういうことがあるから、映画は、やめられない。生きていることも、またやめられそうもない。
ウィーン国立音楽院のピアノの教授であるエリカ、40歳。その指導は厳しく、音楽に向かう姿勢は、凛として、じつに魅惑的である。
しかし(という言葉は不適切なのだが)、彼女は、夜の公園でカーセックスの覗き見をするし、アダルトビデオショップの個室で、もともとは男性向けの無修正ビデオを鑑賞するばかりか、ダストボックスに捨てられている男性の体液のにじんだティッシュペーパーの匂いを嗅いだりもする。
そして、自室のベッドの下には、SMプレイの道具。
父親は彼女が幼いときに精神障害をわずらって死に、母と2人きりの生活。母親の呪縛から逃れるための反作用としての、さまざまな性的な行動。
それをベースにして、クラシック音楽と大学教授という閉鎖社会の病弊と偶像を、ハネケは、小気味よく破壊してやまない。
それは、ナンニ・モレッティが「息子の部屋」で、精神科医の偶像を破壊したのとは比較にならない鮮烈さである。
エリカは、教え子との恋におちる。「私を縄で縛って、傷めつけてほしい」と彼女は、手紙で告白する。しかし、彼とフェラチオをしたときは、嘔吐してしまう。
彼女が抱えている性的欲望を含む「情念」と、彼女が出会う「現実」との奇妙なきしみが、清冽ともいえるリアリズムで、クールに描き出されていく。
ときとして流れる、シューベルトのピアノ。
「冬の旅」から「村で」「嵐の朝」。
沈黙の音とでもいいたくなるような静謐なピアノ。
後期シューベルトの狂気を孕んだ孤独が、エリカの実像に重なっていく。
ぼくは、マーラーよりもシューベルト、とくにリヒテルが演奏する後期のピアノソナタに、たまらなく魅せられるのだが、その理由がわかったような気がしてしまった。
ふふふふふ。
おそろしく知的で、おそろしくエロチック。
あなたも、この作品と対峙することで、みずからが内部に抱える意識の偶像を破壊してほしい。
これは、類まれな、異色の教育映画である。